フォーリン・アフェアーズのアンソロジー「学問とビジネスの出逢い ――シンクタンクはいかに社会と政策に貢献できるか」を読みました。

(いつもお世話になっているレビュープラスさんから献本いただきました)
今回はアンソロジーですが、元になっているフォーリン・アフェアーズ・レポートとは、1922年にNYの外交問題評議会によって創刊された外交専門誌で、今回のアンソロジーは、この外交問題評議会の設立から現在までの歴史をまとめたものです。
サブタイトルは「シンクタンクはいかに社会と政策に貢献できるか」となっています。日本にもいわゆる「シンクタンク」はありますが、米国におけるシンクタンクは「第五の権力」とも呼ばれる存在で、おそらく日本でのイメージとはだいぶ異なる存在です。
そのような米国のシンクタンクの実情を詳しく、かつ読みやすく書いている本に『第五の権力 アメリカのシンクタンク』という本があります。
これによると、シンクタンクがなぜ「第五の権力」と呼ばれるかというと、
ホワイトハウス、省庁、議会が政治の舞台の主役なら、シンクタンクは政治の舞台を支える黒衣の存在だ。そのため、シンクタンクの存在感や影響力は、立法、行政、司法、そしてメディアに続く「第五の権力」と謳われるまでに成長した。
と書かれており、さらにその役割としては、
シンクタンクは、政策に関しては「知の源泉」として、政権へは優秀な「人材の源泉」として、ワシントンの政治環境を下支えする。
という存在であると書かれています。
今回の「学問とビジネスの出逢い ――シンクタンクはいかに社会と政策に貢献できるか」を読むと、そのような役割を担う外交問題評議会(『第五の権力 アメリカのシンクタンク』の中では六大シンクタンクのひとつに位置づけられています)が設立されて以来、さまざまな歴史のうねりの中で果たしてきた役割を振り返ることができます。
編集後記には
民間シンクタンクの必要性が認識されていながらも、日本でその試みが思うに任せないのは、一つには、ビジネスと学問、そして政府の垣根が依然として高く、グローバル時代の国益を促進するための政策を考えるために英知を結集するメカニズム、フォーラムが民間にほとんど存在しないためかもしれません。
と書かれています。同じようなことが『第五の権力 アメリカのシンクタンク』にも次のように書かれています。
アメリカの首都ワシントンに関係すると、日本人の誰もがかかってしまう病気がある。病名は「シンクタンク・ジャンキー」。症状は、シンクタンクが開催するシンポジウムやフォーラムへの出席中毒。症状が進むと、シンクタンクで研究職につきたくなる。そして、最終段階に入ると、シンクタンクが作りたくなってしまう。
シンクタンク・ジャンキーになってしまう最大の原因は、日本にアメリカのようなシンクタンクが存在しないことだ。日本の政治や社会に閉塞感を感じうつうつとしていた人々は、シンクタンクこそが現代日本の抱える病いへの最高の処方箋だ、と恋煩うことになる。
さまざまな面で日本の将来が見えにくくなっている今、知の源泉としてのシンクタンクの存在を改めて考えるきっかけとなりました。
また、組織としてのシンクタンクの役割もさることながら、『第五の権力 アメリカのシンクタンク』で「人材の源泉」と表現されていたように、リーダーを輩出する機関としての役割も大きいのかもしれませんね。
時間を見つけて、前から気になっていた『ホワイトハウス・フェロー―世界最高峰のリーダーシップ養成プログラムで学んだこと』も読んでみようかなと思います。


