大学院
この連休は、久々に休めた。極力予定を入れず、たまっていたものをまとめたり、そこから考えをめぐらしたり。そういう時間を取れたのは良かった。
たまっていたものと言えば、ここ数週間は、定期的に巡回していたサイトさえも満足に見る時間がなく(ひとえに自分の時間管理が下手なだけなのですが…)、この連休にまとめて読んだ。どのサイトやblogからも貴重な情報を得たが、【波多野blog】から色々とインスピレーションを得たので、何回かに分けて書いてみたい。
今日のエントリーのきっかけになったのは、少々古いが「大学院を目指す人へ」だ。
社会に出てから、あるいは学生時代に外の人たちと触れ合って一番驚くのが、気になることをそのままにしておく態度だ。もちろん全員がそうだとは言わないが、自分が思った以上にそういう人が多い。
仕事でも、勉強中でも、「これって何なんだろうね?」と言いつつ放置しておく人が多い。自分なら迷わず辞書をひく、あるいはGoogleで検索するという行為に移るのだが、なかなかそれに移らない、あるいはしない。
自分は昔から辞書をひくのが好きで(我ながら変な子供だな…)、特に最初に漢和辞典をひけるようになった時、色々なアプローチを駆使して目的の漢字にたどり着く、あの漢和辞典の魅力に没頭した。
しかし、自分が物事を深く調べ、それについて考え、まとめ、発表するということの基礎を身につけたのは、他でもない大学院時代だという気がする。
自分の場合、外国語大学という特殊な大学にいたため、辞書を持ち歩くのが当たり前、調べるのが当たり前という世界にいたものの、徹底的に調べ、考えたものを発表するというのは、やはり大学院時代に学会に出たり、修論を書いた経験から多く学んだ。
理系の大学院に比べると、それはそれはのん気な研究生活ではあったが、専門を大切にしながらも、それにとらわれない自由な発想で研究することを促して下さった恩師のお陰で、今の自分があるような気がしてならない。
波多野氏のコメントにもあったが、自分も一浪した上で大学院まで進み、かつその頃の専門とはまったく異なる分野に足を踏み入れてしまった。出遅れたどころか、周回遅れの感があり、ものすごく焦っている。
去年の今頃、何度もつまづきながら学会に出て、なんとか修論をまとめあげた。相変わらず社会に出ても、つまづき続けているが、きっとあの頃身につけたことは無駄ではないだろう。
1 Comment
11月 26, 2003 22:57 |
こんにちは、hatanoblogのhatanoです。きっかけになったとのこと、光栄です。非常に澄み切った文章、素直に書かれていますね。大学院時代でのお気持ちがよくわかります。小生のような年になっても、未だに貴重な時間だったと思っていますから。そんな気持ちを今度は教える側になって、がんばろうと思っております。トラックバック、ありがとうございました。
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