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考え事 Archive

ハナレグミ - 家族の風景

イイっすなぁ。

今年は正月にこんなことも書いていたりしたので。

・変わらないという幸せ - stylishidea’s attic
http://d.hatena.ne.jp/stylishidea/20100101/1262357098

「MacPeople 2010年 02月号」と雑誌というメディア

MacPeople 2010年 02月号」を読みました。

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以前に「twitterという痛快な交差点:『ツイッター140文字が世界を変える』で準グラ! 」でも紹介したレビュープラスさんから献本して頂きました。

今月号の詳しい内容はここから↓

・MacPeople 2010年2月号(12月26日発売) - MacPeople Web
http://macpeople.jp/2009/12/macpeople_201021226.html

この中でも特に面白かったのは特集1の「今日からメールのマエストロ」と中綴じ特別付録の「MacPeopleベーシック「プレビュー」」でした(巻頭特集で新しいiMacが欲しくなったのは言わずもがなですが)。

特集1のメール特集は、Mail、Thunderbird、そしてGmailを使いこなすという特集。

Macにしてから、一応、Thunderbirdは入れていて、Mailは横目で見ていたものの、基本的に普段のメールはほぼGmailに移行していました。ThunderbirdはメインのアドレスとML用のアドレスを設定していて、たまにバックアップのため(Gmailがメインで、念のためThunderbirdでローカルにバックアップという逆パターン)受信するために開くくらいでした。

しかし、これを読んで思わずMailでアカウントを設定して、使い始めちゃいました!うーん、やっぱりMac純正のソフトは、なんか使っていて楽しいですよね。

使い込んでいないので、しっくりまでは来ていませんし、これからもGmailがメインで使い続けるので、Mailをメインで使うことはありませんが、たまに気晴らしで使ってみることにします。

そして、もうひとつ参考になったのが「プレビュー」の使い方を紹介していた中綴じ。

いやぁ、プレビューってこんなにすごいツールだったとは。今まで「PDFのビューアー?」みたいな感覚しかなかったのですが、ブックマークできたり、画像の補整までできるとは!

「おー、こんなことできるんだ!」の連続でしたが、例えば、iPhoneを接続している時に「ファイル」から「○のiPhoneから読み込む」(自分の場合は「イメージを読み込む」でした)を選択すると、iPhoneから画像を読み込めます。

今までiPhoto使ってましたが、blogに載せるくらいだったら、これでいいかもしれませんね。

その他も、別冊の「マックのひみつ」など、読んでいて楽しい記事が多い2010年2月号でした。

雑誌というメディア
さて、ここからはちょっと関係ありそうで、関係なさそうな雑談。

去年からMacを使い出しましたが、それを機に、久々にパソコン雑誌を定期的に買って読むようになりました。Windowsだけ使ってた時は、せいぜい立ち読みだったのに。

なんでかなーと思って考えていたんですが、Macって「パソコン」というよりは、「趣味の世界」なんですよね。少なくとも自分にとっては。

何かを好きになった時に、その分野の雑誌って、ある意味登竜門的な存在だと思うんですよね。

雑誌って「入門書以上、専門書未満」という感じの存在で、入門者向けの記事は別として、なかなか入門者、初心者では雑誌ってハードルが高い存在です。

でも、その分、濃い情報が詰まっている媒体でもあるのが雑誌の特徴。特集はもちろん、後ろの方に載っているコラムなんかは、本当にその分野が好きじゃないと、読んでもピンと来ないというか、興味がわかないようなものが多いですよね。

正直なところ、今月号のMac Peopleに載っている新製品レビューとか、ソフトウェアの話は、ネット上のニュースサイトでも同じような記事は読めるかもしれませんし、検索をすれば類似の情報は得られると思います。

昔は、雑誌に求められているものは、書籍という存在に対しての「速報性」だったのかもしれませんが、今となっては、それはネットにかないません。

そういう変化を象徴するように、2009年は10月までに170誌が休刊しています。

じゃあ、雑誌はいらないのかというと、自分としては、書籍でもネットでも出せないような、ある種「マニア」な世界を共有できるのが、雑誌という媒体の価値なんじゃないかなと思っています(きっと、それは物理的な存在として「ある」というのが大きい理由の気もしますが、考えがまとまってないので、深入りはしないようにします)。

そんなことをMacにスイッチしてから読み始めたMac Peopleを読みながら考えていたのでした。

2010年

2010年になりました。

キリ番というか、ぴったりの数字はなんだか良いですね。

これを機に、10年単位で未来を見据えながら動いていくというのも面白いかもしれないなと思っているところです。

次の10年をどういうものにしたいか、まだじっくり考えられていませんが(そもそも2010年の1年間も考えられてない)、思考訓練と思ってやってみようと思います。

NRIが「NRI未来年表 2010-2050」なるものを出しています。そこに「わたしの未来年表」版という自分で書き込める未来年表も出ています。

2050年というと、自分は73歳。ここまでぐっと遠くまで離れていると、かえって自由に発想できる感じがしますね。

昨日書いた「10年ひと昔と言うけれど」では10年前を振り返った話を書きましたが、改めて考えると、10年前の自分は、いまの自分をまったく予想できていませんでした。

それでも、当時から自分がやりたいと考えていたことや、好きだったことを、すべてではないにしても、できていることもある。でも、それは当時思い描いていたような形とはまったく違う形で。

ということを話していると、このblogでも「20’s」とか「改めてstay foolish」という感じでさんざん書いてる、Jobsの “connecting the dots” のくだりが浮かんでくるわけです。

結局、言いたいことは昔から変わらず(進歩せず?)、今年も目の前のことをきっちりきっちりやっていくこと。特に今年は謙虚に、でも大胆に目の前のことに取り組んでいく。そして、日々出会う人とのご縁を大切にしていく。

そうしながら、時には、例えばちょっと疲れてきたら、ぐっと顔を上げて先を見据える。そこには、10年後、20年後、30年後の在りたい姿が見えている。

どういう形でそこにつながるかはわからないけど、先を見据えながら、目の前のことを頑張る、そういう視点、視野を持って2010年を過ごしていきたいと思います。

引き続き皆さまにはお世話になると思いますが、今年もどうぞよろしくお願いします。

twitterという痛快な交差点:『ツイッター140文字が世界を変える』で準グラ!

おとといtwitterではつぶやきましたが、 レビュー専門ブログネットワーク「レビュープラス」で開催された『ツイッター 140文字が世界を変える』のレビューコンテストで準グランプリを頂きました!

ありがたや、ありがたや…。

・ツイッター 140文字が世界を変える レビューコンテスト -R+(レビュープラス)-
http://c.reviewplus.jp/twibook/result/

って、気づいたらblog上で受賞コメントを書いてないのが自分だけだったので、慌ててエントリー。

今回初参加で準グランプリを頂いてしまいましたが、今回はビギナーズラックということで、次は目指せグランプリ!

今回、受賞の対象となったのはこのエントリーです。

・『ツイッター 140文字が世界を変える』 - Stylish Idea
http://www.stylishidea.com/archives/1607

ちょうど受賞の連絡をもらった時に、セイゴオ『多読術』を再読していて、おお!と思っていたところだったので、不思議なセレンディピティーに驚いたわけです。

というのも、今回受賞対象となったエントリーでは、

その上で思うことは、どんなサービスであれ、使っているのは人だということ。

なんてことを書きました。

再読している『多読術』の前半では、松岡正剛氏が何度か「本と人とのかかわり」について触れています。

例えば、同書の33ページでは「ぼくは個人の楽しみで読書するというよりも、人とかかわりながら本を読んできたと思いますね」と話した後、「本というのが世の中の痛快な交差点になっている」と言っていました。

最近は、twitterでつぶやき続けることで、自分の人のつながりが思わぬ方向に広がっているのを感じてます。これはblogやmixiでもできそうだけど、ちょっと想像しにくい。やっぱりtwitterじゃないとなかったよね、という感じの面白い動きになってます。

という感じで、今の自分にとってはtwitterが「世の中の痛快な交差点」になっていることを心底実感していた時に、twitter本についてのレビューコンテストでの思わぬ朗報が。

そんなわけで、今後もtwitterでつぶやきつつ、レビュープラスでコンテストに参加しつつ、「世の中の痛快な交差点」でうろちょろし続けていきたいと思います。

ここまでを昨日書いて、投稿できないままヒマナイヌ望年会に参加したらCEREVO CAMを当てちゃったいしたにさんにお会いして、「読者から見たこの本オススメですよスピーチ」までさせてもらっちゃいました。

世の中おもしろいなぁ。

ツイッター 140文字が世界を変える (マイコミ新書)

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仕事で使える!「Twitter」超入門 (青春新書INTELLIGENCE)
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ノマドと「憧れ」

先日、とある機会で『仕事するのにオフィスはいらない』の著者でもあるジャーナリストの佐々木さんのお話を聞くことがあった。

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そして今日、green drinks Tokyo!に参加してきた。今回のテーマは「IT+サステナビリティ=?」。ザザッと様子をつかみたい人は、今回のイベントのハッシュタグである#gdTokyoを追ってみると良いかも。

両方に共通して出てきた話題は「ノマド」。

自分がそういう働き方というか、生き方を意識したのは、学生の頃にダニエル・ピンクの『フリーエージェント社会の到来―「雇われない生き方」は何を変えるか』を読んだことがきっかけ。

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それに感化された自分は「東京ジャントー」なるサイトを作り(名前の由来を知りたい人は、ぜひ『フリーエージェント社会の到来』を)、「山本さん講演会」をはじめ、いくつかのイベントを開催した。

残念ながらこのサイトは今はないけど、実は自分がこのサイトを通じてやりたかったことは「憧れ」の醸成。人を突き動かす要因は、恐怖やお金など色々あるけど、その中の大きなもののひとつに「憧れ」があるんじゃないかと思っている。

来るフリーエージェント社会の到来に備えて、そういう生き方をしている人のインタビューをしたり、関連する本を紹介して、フリーエージェントへの「憧れ」を醸成する。そういうことをやりたいサイトだった。

もちろん、フリーエージェントやノマドと呼ばれる仕事の仕方は、思っている以上に楽なものではないであろうことは容易に想像がつく。金銭的な面や保障の面などはもちろんのこと、何よりも、そういう生き方って、自分自身と真剣に対峙しなくてはいけない。

自分には何ができるのか。何をしたいのか。何として自分の名を残したいのか。

そういうことに常に向き合いながら、日々の仕事をこなしていく。

大変だからこそ、誰もが選ぶような道ではないだろうけど、こういう時代にあって働き方、ひいては生き方をもっと自由に自分で選べるというのは大切だと思う。

そして、そういう選択肢を選びたいと思えるような「憧れ」を醸成する仕組みは同じくらい大切なんじゃないか。

だからこそ今日みたいなイベントはとっても大切だし、今日のイベントで出会ったような、こういう生き方を率先していくような取り組みをやっている人は応援したいなぁと思う。

フリーエージェント社会の到来―「雇われない生き方」は何を変えるか
Daniel H. Pink

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点と点をつなぐ自分

最近は新しい分野を押さえるために、どちらかというとファクトを中心とした情報収集をしています。

新しいことに触れるのは面白いので、それはそれで楽しいのですが、そうしていると、ふと、もう少し広い視野で世の中を見ているような本を読みたくなります。

そして、気づくと、そういう本がかなり長いこと積ん読のまま本棚に埋もれているいたりします。

これまで、自分のアンテナに引っかかったサイトなどで紹介されていた本を買っては、積ん読ということを繰り返してきましたが、時間が経って、ふと本棚に目をやると、今、自分が抱えている疑問や問題意識(テーマと言った方が良いかもしれませんが)を深く考える上でのヒントになりそうなものが既に並んでいることに気付くことがあります。

そして、「なるほど、あの時、この本を知ったサイトの管理人は、こういう想いをきっかけに、このテーマに興味を持ったんだろうな」と考えるのです。

ちょうど、今日、twitterでフォローをしてくださったlatache78さんという方が、こんなことをつぶやいていて、非常に納得しました。

Twitterが面白いなと思うのは、情報を発信する側と受信する側で、それぞれに要求されるスキルレベルが、従来のメディアと逆転していること。

Twitter / Yasuyuki Shirai: Twitterが面白いなと思うのは、情報を発信する側 …

発信する側は、つぶやきというデータグラムを垂れ流すだけでいいが、受信する側は、TLの中から必要な情報を拾い上げて再構成する、という能力を要求される。

Twitter / Yasuyuki Shirai: 発信する側は、つぶやきというデータグラムを垂れ流すだ …

本にしても、ネット上にある情報にしても、なんとなく読むとか、人に薦められるがままに読むということはあります。

もちろん、それは新しい世界に入っていくために大切なことだと思うのですが、何か自分の中にテーマとなるようなものがあって、それがフックとなって本を読むというのは、そこから得られる意味や、その先に見据えるものの奥行きが変わってくるのかなと思います。

これだけ情報があふれている今、単に情報を集めることも必要ですが、それらを再構成するために必要な、自分側のテーマなり、問題意識を持つことも、同じくらい大切だなといことを、本棚に並ぶ未読本を見つめながら、改めて思ったのでした。

ただ、ひとつの問題意識を強く持ち続けてしまうと、逆にその問題意識が固定化してしまって「偏見」になる恐れもある気がするのですが、それを考えるのは、また次の機会ということで。

こうやって自分の考えが少し深まり、点と点がつながり、それによって自分の未熟さに気づく、そしてその未熟さを克服するための努力をする、という繰り返しを、これからも続けていこうと思います。

セレンディピティ

夜中に「習慣」なんてエントリーを書いたばかりですが、いつも読んでる Casual Thoughts にて、こんなエントリーがありました。

・『外資系トップの仕事力II』 多様な仕事観にふれる - Casual Thoughts
http://d.hatena.ne.jp/ktdisk/20090717/1247779644

この中で出てくるBCGの御立さんの言葉が、「習慣」で書いたこととややかぶりました。

転職を決断できたのは結局、勢いだったんじゃないかと思う。人生って、ほんの何回かですが、偶然も重なって流れがどんどんやってきて、その流れが抗せないような圧倒的な力になってくることがあるんです。どっちがいいかって頭で考えても、誰にもわからない。こうなると、感覚で決めるしかない。私は相談されるとよく言うんですが、人生をずっと振り返ってみて、この流れに乗るのが今までの流れに即しているかとらえて、嫌な感じがしなかったらゴーだし、なんかちょっと違うなと思えばやめればいい、と。

『外資系トップの仕事力II』 ~御立 尚資 隆久 P.138~

そうなんですよね、流れをつかむことも大事だけど、その流れに乗るのか乗らないのかっていうのも大事なところ。

それは感覚で決めるしかないというのも納得。

外資系トップの仕事力II―経営プロフェッショナルはいかに自分を高めたか』、読んでみよう。

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習慣

今朝、最近話していなかった会社の人と、会社の最寄り駅で一緒になって、会社に移動しながら色んなことを話していました。

その中で出たある話題について。仕事関連の話題ではあったんですが、それについて色んなことを言う人がいるけど、お互い思っていたことは「この流れはもう仕方がないよね」ということ。それは、もう周りがどうのこうの言うレベルを超えている大きな流れになっているんだという話でした。

最近の選挙もそうかもしれませんが、このところ不可逆的に見える大きな流れに興味を持っていて、そういう視点を持とうと心がけてはいます。

易経』なんかを読んでいても、世の中にはそういう大きな流れがあるんだなということを、自分が想像できるよりもずっと大きなスケールで感じることができます。

そして、最近、仕事でもプライベートでも、そういう「流れ」みたいなものを感じることが多いです。

それは、単に、そういうことを意識し始めたから感じるのか、あるいは、そういう流れが起きてきたから意識し始めたのか。鶏と卵みたいなことを考えています。

そういう中で、寝る前は、少しでもクールダウンするために、仕事とかとは全然関係ない本を読むようにしています。最近は、かなりの時間積ん読になっていた『人間の土地』を少しずつ(本当に少しずつ)読み始めています。

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高校生くらいの時は苦手だった堀口大學の訳が、こういう気分の時だからなのか、いいなぁと思います。

ただ、今日は色々と思うところがあって、振り返りたいこともあり、『調理場という戦場―「コート・ドール」斉須政雄の仕事論』を手に取りました。

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今、タイトルを貼り付けて改めて気づいたんですが、文庫になって「斉須政雄の仕事論」なんてタイトルがついてたんですね。「仕事論」って、なんか、ねぇ。

この手のものは、好みが分かれるものだと思いますが、自分は最初に読んだタイミングもあり、いまだに色々なことを考える(あるいは思い出す)本です。

パラパラとめくっていて、目についたのは

毎日やっている習慣を、他人はその人の人格として認めてくれる

という言葉。

これは、この本の中でも気に入っている言葉で、実際、このblog内で「毎日やっている習慣を、他人はその人の人格として認めてくれる」と検索してみると3件もヒットします(これを投稿した後には4件)。

どれだけ好きなんだよ、という感じかもしれないですが、今の時期、この言葉の真実味を感じながら動いているという感じですね。

言い換えれば、今一度、毎日やっていることを見直し、毎日できていないことを反省する必要があるのかなとも思います。

何はともあれ、今は、目の前の大切なことに、もっと注力しなくては。

振り返ることと前を見ること

その手の本に書いてあるような書き出しだけど、日本語の「キャリア」、英語だと “career” という言葉の語源は、ジーニアス英和大辞典様によると、carrusというラテン語だそうだ。

この carrus は car、つまり「車」の意味で、ジーニアス英和大辞典様には

「車の(競争)路」→「人生路」

という、なんだか粋な説明もついている。

つまり、仕事がどうのこうのというだけではなく、社会人だろうと、学生だろうと、自分のたどってきた道のことであり、これからたどっていく道でもあるんだろう。

「同窓会」

社会人2年目、3年目くらいの頃、東銀座にある銀座zettonにさんざん入り浸っていた。

何度目かにお店に行った時、一番遠くに住んでいた自分だけが帰れなくなり、仕方なく、朝まで時間をつぶすために地下にあるバーに移動した。そこで知り合った常連組の面々に誘われ、1Fの立ち飲みデビュー。そこから入り浸る日々が始まった。

友達を誘い、その友達がまた友達を誘ってという感じでどんどん常連組が増えていった。店に行けば誰かがいる、誰もいなければ呼び出せば誰かが来るというそんな状態。

飲んだら終電どころか、朝までなんてしょっちゅうあった。冬の朝5時頃、凍えそうになりながら、有楽町駅まで歩いていった、あのなんとも言えない感じは、なぜかよく覚えている。

入り浸っていた面々は、だいたい自分と同じ社会人数年目で、よくありがちな理想と現実の狭間でもがいていたような時代だった。「俺はこんなはずじゃない」という煮え切らない思いを、無理矢理酒で流し込んでいたような日々。

そのうち、「中堅」というとらえどころのないくくりで呼ばれるようになり、会社を変わる人も増えてきて、いつの間にか店から足は遠のいていっていた。決定的に何があったというわけではないのに、ああいうタイミングは来るものなんだなということも知った気がする。

“Good drink and happy words to your mouth”というテーマでやっている、*roomという、ごくごく内輪なイベントがあって、その6回目を、その銀座zettonで開催しようと企画している。

名付けて「東銀座同窓会」。

「同窓会」というニュアンスに「にやっ」とした面々から、今までにはなかったようなスピードで参加の連絡が来ている。そのうちの一人が「「酒」を重力場として、なぜか無意味に一体感があった」と書いていたけど、たしかにあの頃のあの店には、そんな「力」が働いていたような気がする。

すっかり「中堅」になり、ばらばらの「道」を歩んでいた面々が、その道を引き返して、あの「場」に集まる。

さてさて、どんなことになることやら。

進路

今日は酒を飲みつつ、将来の進路についての話をする機会があった。

たしかに先のことはわからない。だから、選んだその「道」が正しいのかどうかなんて誰にもわからない。選んだ本人でさえ、それは確信を持って「正しかった」と言えない時だってあるだろう。

じゃあ、どうしたら良いのかということは、実は自分もわからない。わかっていたら、きっと自分だって毎日もう少し気楽に過ごしているような気がする。

ただ、ひとつ考えているのは、ある道を「選ばなかった」理由をきちんと持つようにしようということ。なんとなくだけど。

「選んだ理由」をはっきりするよりも、「選ばなかった」理由をきちんと持つ方が、後々おそってきそうな後悔の念に、対処しやすいような気がするし、自分の今までの選択を振り返っても、そういう感触がある。

年を取るということは、決断がどんどん現実的になるということかもしれないなと最近思う。この場合の「年を取る」というのは、戸籍的(?)な意味での「年を取る」じゃなくて、精神的な意味で。

6月3日の日経夕刊にファッションデザイナーの高田賢三が「身軽になってゼロから出直したい」と思って、パリの豪邸や1000点以上の美術品をオークションに出したというコラムが載っていた。

高田賢三、70歳。きっと本人は「老後をどうするか」なんて考え方はしていないんだろう。

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る

と言ったのは、高村光太郎だけど、ずっとずっと身軽に歩き続けていきたいものだなと思う。

今の自分とこれからの自分

今日は休みを利用して、録画していた「プロフェッショナル 仕事の流儀」を見た。見たのは、先週放送された日本紛争予防センターの瀬谷ルミ子さん。

・第116回 瀬谷ルミ子(2009年4月21日放送) | NHK プロフェッショナル 仕事の流儀
http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/090421/index.html

(ちなみに、この番組のスタッフには、ぜひその人選のノウハウというか、秘訣をどこかで公開してもらいたいなぁ。いろいろと参考になる気がするんだが)

この人のすごさは、上のリンクや番組スタッフブログの「武装解除 瀬谷ルミ子さん」を読んでいただくとして、面白いなぁと思ったのは、この瀬谷さんが自分と同じ年齢だということ。そして、同じ年齢なのに、全然違うことをやっているということ(もちろん、この人がやっている仕事の意義の大きさやすごさは言うまでもなく)。

社会に出る頃くらいまでは、小さい頃のビックリマンシールの枚数の比べあいみたいなところから始まって、学校のテストの点数の比較だとか、どこの学校に進学しただとかいう比較を自分でしていたり、周りからされていたりする。

でも、30歳を超えるくらいになると、たとえ同じ年齢とはいえ、学校にいた頃と同じような尺度では比較できないようになってしまっている。それまでの生き方だとか、興味関心の在処なんかが、その人の今の状態に如実に反映されてしまっているからだ。

だから同じ年齢とはいえ、それまでにどういうことをしてきたかで、環境も考え方も全然違うというのが興味深いと思った。というか、最近、そういうことを結構考えている。

例えば、今回登場した瀬谷さんは、高校生の時にルワンダの難民の子の写真を見たことが、今の仕事に就くきっかけとなったようだ。

これからあと何十年も生きていく中で、もしかすると今までとはまったく違う方向性に進んでいくという可能性もないことはないだろうが、それは自分が今までやってきたことや、興味関心とは大きくは外れないところにあるんじゃないかと思う。

これから始まるこのGWという時期は、今年で言えば、カレンダー通りでも5日間も休みがある。

その間に、今の自分にたどり着いた軌跡をたどり直しつつ、これからの方向性を改めて考えてみるのも良いかなと思っているところ。

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