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2006-01-28

リアリティーを探る決心

久々にエントリーを書いて各所から色々と反応や個別に感想をもらえてありがたいです。

『アフォーダンス』のエントリーは、読み終わった直後「これは書きたい!」と思っていたことがあったのに、書き始めたらすっかり忘れていて、しかも自宅を出るギリギリにエントリーを書いていたということもあって、あのエントリーで投稿しました。今日の帰り道に思い出したので追記という形で。

『アフォーダンス』の最後あとがきの部分で著者の佐々木氏が書いている一節に勇気をもらった。

私は現在、ナビゲーションを可能にしている情報や、想起のコミュニケーションにおけるリアリティーの構築について研究しているのだが、ギブソンの理論に出会って、肩の力が少しは抜ける思いがしている。「あせらなくてもいい。情報は環境に実在して、お前が発見するのをいつまでも待っている」というギブソンの声が聞こえるような気がするからだ。そうなのだ、儀式にとらわれずリアリティーを探る決心さえ持続していれば、いつかはそれを手にできるのだ。研究だって知覚行為の一種なのだから。ということを、ささやかではあるが信じることができるようになったからである。

『アフォーダンス』を読んだ人で、この部分を印象が残っているとして紹介している人は意外と多いが、自分もそう。何事もねばり強く考え続けることが大切だ。

この勢いでどんどんアフォーダンス周辺を掘り下げていきたいところだけど、ここ2,3ヶ月は事情によりおそらく会計関連の資料を読みまくるようになりそうです。

まずはこの週末に結構溜まってしまっているものを片づけなくては。

『アフォーダンス』

  • 2006-01-28 (土)

本当に久々の投稿になってしまいました。

アフォーダンス』を読みました。

本

アフォーダンスという言葉については、用語集レベルでの理解はしていて、その心許ない知識を駆使して「文脈」という力を借りながら各種の文章なり、議論を読んできた。だけど、こりゃ、ちゃんと知らなきゃダメだねということで、佐々木正人氏の『アフォーダンス』をやっと読んでみた。

この手の本で一般的に期待されている(あるいは勝手に思いこんでいる)展開は、最初にサクッと「アフォーダンスとは××のことで…」と、その分野の概要を伝えてくれて、そこからそれについて詳しく突っ込んでいくというものだろう。仮にそれが一般的でないにしても、自分はそう思いこんでいたので、最初は途中まで読んで戸惑ってしまった。

佐々木氏はこの本で、最初にアフォーダンスとは何かを示して、そこから各論に入っていくような展開を取っていない。この本では最初に「フレーム問題」の例を示して、環境を認識するという、普段我々があまり意識していないことについて問題を提起する形を取っていく。そして、そこからアフォーダンスを提唱したギブソンの理論の発展を追っていく形でアフォーダンスにたどり着こうとする。

自分の理解力もあって、(当然ながら)ギブソンの思考過程を完璧に追随できたわけではないが、この形式で書かれていることで、アフォーダンスに至るまでの理論の「仮説→検証」の繰り返しを追えるのが面白い。ページ数は少ないが、じっくり読み進めていくことで、単に用語集レベルでの理解でしかなかったアフォーダンスの理論をより深く理解できたと思う。それは、この本の形式に依るところが大きいと思う。

アフォーダンスの考え方を知ると、一般的によく言われていることだからかもしれないが、デザインとアフォーダンスの関係に興味が広がってくる。例えば、自分の場合だとWebサイトとかソフトウェアのデザインとアフォーダンスとか。

ちょうど今、開発を続けてきたシステムを一部ユーザさんが使って、そのQAに対応するというタスクがある。他にメインのタスクを持っていて、ヘルプとして(最初は)かなり渋々やっているタスクだから、ユーザさんからの「このボタンがここにあったら間違えて押してしまう」とかいう質問に「もっと注意すればいいじゃないかー!」とか思っていたが、冷静に考えてみれば、ボタンのアフォーダンスというか、「そこにボタンがあるから」という理由でやっぱ押しちゃうようなという気にもなる。

アフォーダンスの入り口をくぐり抜けた(本当か?)ことをきっかけに、今後、そういう方面もちょっと探っていってみよう。

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