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『ぼくはこんな本を読んできた』

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ぼくはこんな本を読んできた』を読みました。

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このblogでも何度も書いているし、それこそ自分と話したことがある人なら時々口にしているかもしれない本。立花隆の『ぼくはこんな本を読んできた』を再読。

最近になって立花隆批判本も増えてきているし、トンデモ扱いする論調もよく目にする。たしかにあまりに手を広げすぎたために、弱いところを突っ込まれてしまっているのかもしれない。それらの本を詳しく読んでいないし、立花隆氏の著作もすべてを読んでいるわけではないので、そこら辺は怒るわけでもなし、かといって落胆するわけでもないというところ。

しかし、この本に見られるように、彼の知的好奇心のすごさというのは、恐らく誰もが認めるところで、自分も彼のそういう部分にもっとも刺激を受けています。

そして、まさにこれを事ある毎に言っているのですが、この本に橘隆志という本名で載せている文藝春秋を辞める際に寄稿した「退社の弁」に、自分は大きな刺激を受けました。そして、今読み返しても、自分が知的に怠惰にならないための、良き牽引役となっています。

彼が文藝春秋を辞める際に書いたこの文章は「あたり前のことではあるが、人間、可能なかぎりやりたいことをやるべきだと思う。」から始まります。彼は本を読むために辞めるのですが、なぜそう思うに至ったかを4ページほどの文章で吐露しています。

自分が印象に残っている部分を引用してみます。

ぼくにとって読みたい本を読むのに時間がかかりすぎることよりも、もっと絶望的に思えたのは、ぼくが読みたい本を、真に読む必要があると思う本を避けているために、自分がまぎれもなく刻一刻精神的退廃の過程をたどっているにちがいないという自覚だった。

そんな疑惑がぼくを襲い、ますます物理的に見ることばかり熱中してるぼくが、やがて物理的に見ることに馴らされきってしまったぼくになるだろうと思ったとき、ぼくはより多く見るために、より少なく見ようと決心した。

自分がこの文章に出会ったのはちょうど10年前。この10年で自分はどれだけ変わっただろうか。そして、次の10年で自分はどこにいくだろうか。後悔しないよう、本を読み、仕事をし、人に会い、前へ進んでいこう。

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