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『胸の香り』

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胸の香り』(宮本輝著/文春文庫)を読みました。

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久々の小説です。このblogを始めてからは初でしょうか。元来、どちらかというと小説の方が大好きで、宮本輝は現代作家の中では愛読している作家の一人です。

この『胸の香り』は、1996年に出版された短編集です。宮本輝を堪能するならやっぱり短編だなと思っているのですが、濃密な読書の時間を過ごせた作品でした。

彼の作品をひとつでも読んだことがある人ならわかるかもしれませんが、彼の作品は決して明るいものではない。今回の短編集も同じで、どれも決していわゆる「ハッピーエンド」というような作品ではない。どれも淡々と話が進んでいく。

自分の合唱団の指揮者とよく話すのだが、表現をするものは決して感情的であってはならないというのが、自分たちの一致した見解だ。受け手に想像の余地を残してあげるのような表現こそが、表現者としてあるべき姿なのではないかと話している。

そんなことを思いながら、この作品を読み進めていたら、あとがきに宮本輝氏自身が、なるほどと思うことを書いていた。

「ひとつの短篇小説を書く作業は、大袈裟にいえば、私にとっては血の一滴を無理矢理絞り出すかのような労苦を強いる。一行書き出したとたんに、絶望的なつらさを感じる。(中略)しかし、作品のどこかに、書く側の労苦があらわれたら、何のための三十枚への凝縮かということになるし、そのような作品はただちに破棄すべき代物と化してしまうであろう。(中略)水は器物にしたがうという言葉があるが、短篇小説も、水のようであるならば、自在に型崩れしたり、飲む人の状態に合わせて、濃く感じられたり、淡く感じられたりして、それがいちばんいいのであろう。」(pp.183-184)

先ほども書いたように、彼の作品は決して明るいものではないが、読み終わると、希望を感じる。それにはいくつかの理由があると思っているのだが、詳しくはまた別の機会に譲るが、恐らく、大きな理由は、彼が心血を注いで書いた、そのエネルギーを分けてもらっているからではないだろうか。このあとがきを読んで、そんなことを感じた。

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