『今日の芸術』

今日の芸術―時代を創造するものは誰か』を読みました。

4334727891

自分が始めて岡本太郎を知ったのは、高校の図書館で手に取った『自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか』が最初だった(今から考えるとうちの高校は、なんでこんな本を置いていたんだろう…)。

初めて読んだ時の印象は強烈だったものの、そのまましばらく時間が経ち、再び彼のことを意識することになったのは、大学生の頃、宗左近の『日本美 縄文の系譜』を読んだ時。これを読んで、縄文土器を絶賛している芸術家として、岡本太郎のことを知ることになった。

それから再びだいぶ時間が経って読んだのが、この『今日の芸術―時代を創造するものは誰か』。

初めて岡本太郎を読んだ時のように、「熱い!」という印象を持ちそうになったものの、どちらかというとメディアが作ったような彼のイメージを引きずって読んでいては理解できるものも理解できなそうだったので、冷静に読んでみると、非常に面白い、新しい視点を提供してくれる一冊となった。

この本はどういう本なのかということを、岡本太郎自身が本書の44ページで説明している部分があるので、少し長いが引用してみる。

自分には芸術がほんとうにいいか悪いかわからないという人は、ずいぶんいます。そういう人の多くは、わかろうとしていろいろ人の意見を聞いたり、手引書や解説書を読んでみたり、たいへん努力しているのです。だが、さまざまな知識を頭につめこめばつめこむほど、ただそれらに引っぱりまわされるだけで、かえってかんじんの自分自身を見失ってしまい、ますます、わけがわからなくなってしまうという人が多いのです。自分を失っては、どれほど勉強しても、知識をとり入れても、絶対に理解に到達できません。この本にたいしても、もし新しい絵の解説を期待していられるとしたら、まちがいです。さきほども言ったとおり、これはけっして、鑑賞のための手引書でも案内書でもありません。芸術には教えるとか、教わるとかいうようなことはなにひとつないのです。ただ、私はこの本全体をつうじて、あなた自身の奥底にひそんでいて、自分で気がつかないでいる、芸術にたいする実力をひきだしてあげたい。それがこの本の目的なのです。

ここで何度も「自分」ということが出てくるが、この本の中で岡本太郎が焦点を置いているのが、芸術に対峙する対象としての「自分」であり、もっと言うと「日本人としての自分」なんじゃないかと思う(おそらく彼が芸術に取り組んでいた理由もそこにあるんだろうが)。

例えば、彼は

それ(芸術の意味)は一言でいってしまえば、失われた人間の全体性を奪回しようという情熱の噴出といっていいでしょう。現代の人間の不幸、空虚、疎外、すべてのマイナスが、このポイントにおいて逆にエネルギーとなってふきだすのです。力、才能の問題ではない。たとえ非力でも、その瞬間に非力のままで、全体性をあらわす感動、その表現。それによって、見る者に生きがいを触発させるのです。(21ページ)

と言ってみたり、あるいは

要するに、芸術の問題は、うまい絵をではなく、またきれいな絵をでもなく、自分の自由にたいして徹底的な自信をもって、表現すること、せんじつめれば、ただこの”描くか・描かないか”だけです。あるいはもっと徹底した言い方をすれば、「自信を持つこと、決意すること」だけなのです。(166ページ)

と言ってみたり

うまいということはかならず「何かにたいして」であり、したがって、それにひっかかることです。すでにお話ししたように、芸術形式に絶対的な基準というものはありません。うまく描くということは、よく考えてみると、基準を求めていることです。かならずなんらかのまねになるのです。だからけっして、芸術の絶対条件である、のびのびとした自由感は生まれてきません。それなら描く意味はないのです。(166〜167ページ)

と言っている。

そして、こういうことが今から55年も前の1954年に書かれているというのにも驚く。

今読んでも「ぎょっ」とする部分はあるし、芸術に日常的に深くかかわっていない自分が読んでも、大いに目を開かされることが書かれている。

そして、この本を読んだ後、「なるほど、そうですね」と言って本棚に戻してしまうのではなく、まさに「自分」の問題として、芸術、ひいては世の中とのかかわり方を考えていかなくてはいけないんだと思う。

もちろん、この本は、こういう岡本太郎独自の考え方を知ることができるだけでなく、例えば、彼なりの視点から語られた美術史を知ることができたりもする意味でも役に立つ。

余談にはなるが、美術史を追いながら、日本の現状を批判し、在るべき姿を説くという彼の話の進め方は、非常に参考になるし、自分の意見を語るには、きちんとした事実の積み重ねがあってはじめて説得力を持つということを、改めて感じた。

ただ、この本を読んで岡本太郎は日本の芸術、特に伝統的(と言われている)な芸術をどのようにとらえているのか、はっきりしなかったところもあるので、ここはぜひ『日本の伝統』も読んでみようと思う。

4334783562

今日の芸術―時代を創造するものは誰か (光文社文庫)

4334727891

関連商品
日本の伝統 (知恵の森文庫)
芸術と青春 (知恵の森文庫)
美の呪力 (新潮文庫)
自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか (青春文庫)
青春ピカソ (新潮文庫)
by G-Tools

BRUTUS「日本再発見の旅と本」

最近、仕事関連以外の雑誌はなるべく買い控えてましたが、今日発売の「BRUTUS 2009年 8/15号」買っちゃいました。

B002GUGY6Q

今回の特集は「日本再発見の旅と本」。

内容は「富士山」「古道」「郷土芸能(鹿踊り)」「島文化」「里山」「夏祭り」というテーマに沿って、その解説と本の紹介。そして特別付録として、「日本を再発見した24人58冊」という記事に加え、「キャラ立ち祭り」「絶景展望台」「プレミアム朝市」などのユニークなテーマ毎にまとめられた「日本再発見地図帳」が載っています。

詳しくはマガジンハウスのサイトを見ていただければと思いますが、このマガジンハウスのページの「FROM EDITORS」という部分で、担当編集の方が岡本太郎の『日本再発見―芸術風土記』に触れた上で、次のように続けていました。

今回この「日本再発見」というテーマを拝借し一冊の特集をつくりました。きっかけは、太郎が撮影した岩手県の郷土芸能「鹿踊り」の写真です。この躍動感あふれる写真を『岡本太郎の東北』という本で見て、「鹿踊り」を実際にこの目で見てみたい、取材してみたいという欲望に駆られたからです。『日本再発見』の中で太郎は「鹿踊り」が始まったとたん「すくい上げられるような歓びを感じた。ドライなジャズの出だしとちょっと似ている。だがはるかに神秘的だ」と述べています。自分もそれを感じたい、再発見したいと。

このサイトを見る前に雑誌に目を通していたのですが、たしかに特集を読んでいて興味を持ったのが、この「鹿踊り」の話。

YouTubeを探してみると、いろいろありましたが、例えばこういうの。

これは、ぜひ目の前で見てみたいですね。また、別の動画では解説を聞きながら踊りを見ることができます。

他には、「古道」の部分では、以前にこのblogでも紹介した『大峯千日回峰行』も紹介されていて、再び興味を持ちました。

こういうのを読んでいると、日本国内も色んなところに行ってみたくなります。

とはいえ、いきなり色々なところに行けないまでも、紹介されている本を読むだけでも、十分楽しめそうです。