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いかに生きるべきか

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死は人生の終末ではない。生涯の完成である。
Martin Luther

今日は祖父のお葬式でした。

やはり泣きました。自分も泣いたし、参列した親族は皆泣いていました。別れは悲しいことだけど、ああして多くの人に慕われて送られる祖父はとても幸せだったのだと心から思っています。

斎場で骨となって我々の前に現れた祖父はあまりにも小さいものでした。お葬式に出たのは今回が初めてではないのですが、遺骨を前にあんなに驚いたのは今回が初めてです。

太古の昔から、人は永遠の若さや不老不死を求めてきました。しかし、それはかなわぬ夢です。科学が発達すれば理論的に実現する可能性はゼロではないのかもしれませんが、多くの人にとっては「死」は現実的なものとして、これからも我々の前に立ちはだかるのでしょう。

そして、我々はああして最期は骨になってしまいます。生前、善きことを成しても悪しきことを成しても、納得のいく人生を生きようと生きまいと、驚くほど小さな骨となってしまいます。

そうなら善きことを成して生きよう。自分が定めた志をまっとうすべく生きよう。祖父の霊前でそう誓いました。

以前のエントリーで、祖父との最後の会話で、祖父は自分の仕事の話をしてくれたということを書きました。今日、お棺には祖父がその仕事の功績を称えられて贈られた表彰状が一緒に入っていました。まさか、あの表彰状をこのような形でもう一度見るとは思っていませんでしたが、何度読み返しても、それは自分のことのように誇らしいものでした。

冒頭のルターの言葉にあるように、祖父は人生を終えたのではなく、祖父自身が成すべき生涯を完成させたのだと、その表彰状を見ながら確信しました。

生涯を完成させるという偉業を為し得たじいちゃん、本当にお疲れ様でした。そして、自分も偉業を成し遂げるべく、これからも頑張っていきます。今まで以上に。だからぜひ天国から見守っていてください。本当に本当にお疲れ様。

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